「夫が、突然荷物をまとめて出て行って、生活費がもらえない。夫に生活費を支払うよう請求できないの?」
このような場合、別居していても結婚していることに変わりはないため、基本的には収入などが多い側に対して婚姻費用の分担を請求できます。
ただし、あなたが住んでいる住宅の住宅ローンを夫が支払っている場合、婚姻費用の金額の算定時に住宅ローンが考慮されることがあります。
夫婦のうち「どちらが住宅ローンのある住宅に住んでいるのか」、「どちらが住宅ローンを支払っているのか」で住宅ローンを婚姻費用の算定に考慮すべきかが変わってくるからです。
このコラムでは、婚姻費用を請求する前に知っておくべき住宅ローンと婚姻費用の関係について解説します。
婚姻費用と住宅ローンの関係
ここでは、住宅ローンと婚姻費用の関係についてみていきます。
(1)婚姻費用とは
婚姻費用とは、夫婦の婚姻期間中、夫婦と未成熟の子(社会的・経済的に自立していない子ども)が、その収入・財産などに応じた通常の社会生活を送るために必要な生活費のことです。
具体的には、主に別居中の配偶者と子どものための、住居費・食費・学費などが含まれます。
たとえ別居中であっても、夫婦は婚姻関係が続いている限り各自の収入に応じて婚姻費用を分担する義務があります。
そのため、別居中であれば収入の多いほうから子どもと同居している収入の少ないほうへ婚姻費用を支払うことになるでしょう。
そして、婚姻費用の金額は最高裁判所が公表している養育費・婚姻費用算定表に基づいて算定されることが一般的です。
参考:養育費・婚姻費用算定表│裁判所
養育費・婚姻費用算定表では、子どもの人数や年齢によって算定表が作成されおり、夫婦の年収に応じた妥当な金額がわかるようになっています。
受け取れそうな婚姻費用の目安を知りたい方は、「婚姻費用かんたん自動計算ツール」をご覧ください。
(2)住宅ローンの2つの側面
住宅ローンには、次の2つの側面があるとされています。
- 資産形成のための費用
- 住居を確保するための費用
住宅ローンは家賃ではありませんが、その返済には生活費の一部である住居費の支払という側面も有しています(住居を確保するための費用)。
一方で、住宅ローンの残高が減るにつれて、自宅不動産の財産価値が上昇します(資産形成のための費用)。
このように、住宅ローンは単純な「住居費」ではありません。
そのため、住宅ローンがある場合は、単純に夫婦双方の収入を算定表に当てはめて婚姻費用を算出することができず、もめる要因になりやすいのです。
(3)婚姻費用の算定における住宅ローンの考え方
住宅ローンのある住居に住んでいない側にとって、住宅ローンは住居を確保するための費用ではなく、資産形成のための費用といえます。
たとえば、別居して家を出た夫が、住宅ローンの返済を理由に本来支払うべき婚姻費用を減らすと、夫婦間における生活保持義務より資産形成を優先することになります。
そのため、このような場合には原則として婚姻費用の減額は認められません。
しかし、婚姻費用算定時に減額の調整をしなければ不公平になるケースもあるので注意が必要です。
婚姻費用の算定で住宅ローンを考慮すべき場合・しなくてもよい場合
住宅ローンの残っている家にどちらが住んでいるか、どちらが住宅ローンを負担しているか(住宅ローン債務者か)によって、婚姻費用の算定に住宅ローンを考慮すべきかどうかは変わってきます。
では、パターン別に分けて解説します。
なお、これらは通常の場合であり、特段の事情がある場合などには、以下の結論とは異なる判断がされる可能性もあるため、ご注意ください。
(1)居住しているのが義務者である場合
住宅ローンの残る住居に婚姻費用を負担する側(「義務者」といい、たいていは夫)が居住している場合、住宅ローンを支払っていることは婚姻費用の算定で考慮されるのでしょうか。
(1-1)義務者が住宅ローンを支払っている場合
この場合は、資産形成のための費用と同時に、義務者が自分の住居確保のための費用を支払っているにすぎません。
それにもかかわらず婚姻費用を減額すれば、資産形成を生活保持義務に優先させることとなるため、ふさわしくないということになります。
したがって、婚姻費用の金額算定に住宅ローンは考慮されません。
(1-2)権利者が住宅ローンを支払っている場合
この場合は、権利者(「権利者」といい、たいていは妻)が住宅ローンを支払うことによって、義務者が住居費用の支出を免れていることになります。
そのため、婚姻費用の算定では、義務者が住居費用の分の補填として婚姻費用に上乗せする必要があります。
(1-3)義務者・権利者の双方が住宅ローンを支払っている場合
この場合、住居に居住している義務者についても、住居費用の支払いを免れているわけではありません。
そのため、婚姻費用の算定において、住宅ローンは考慮されないでしょう。
(2)居住しているのが権利者である場合
逆に、住宅ローンの残る住宅に権利者が居住している場合、婚姻費用にどのような影響があるのでしょうか。
(2-1)義務者が住宅ローンを支払っている場合
この場合は、義務者が住居費を二重に負担していることになります。
そして、権利者は住居費の支払いを免れていることになります。
こうした場合は、義務者が住宅ローンを負担していることを考慮して、婚姻費用が算定されることが多いです。
そうした判断を示した事例の一つが、東京家裁判決平成27年6月17日(判タ1424号346頁)です。
この事例では、義務者である夫が、自宅を出て、妻および子らと別居し、賃貸アパートで生活するようになっていました。
この夫が、自宅を売却するまでの間、自宅の住宅ローンを負担していたという事案です。
審判では、算定表の相場金額から権利者(妻)の「総収入に対応する標準的な住居関係費を控除するのが相当」と判断されました。
(2-2)権利者が住宅ローンを支払っている場合
この場合は、自分が住んでいるところの住居費を負担しているにすぎません。
したがって、婚姻費用の算定にあたって、増額のための考慮は不要です。
(2-3)義務者・権利者の双方が住宅ローンを支払っている場合
権利者については、住宅ローンを支払っているといっても、自分のために住居費を支払っているにすぎません。
義務者についても、権利者の負担金額が不当に低いといった事情がない限りは、婚姻費用の減額は考えなくてもよいということになります。
(3)どちらも住宅に居住していない場合
この場合は、どちらにとっても資産形成のための費用ということになるため、婚姻費用算定のための考慮は原則として不要です。
住宅ローンの残った家があり、離婚を検討中の方は「離婚問題の知識と法律(住宅ローン)」をご覧ください。
【まとめ】婚姻費用の算定で住宅ローンを考慮すべき場合・しなくてもよい場合がある
たとえ別居中であっても夫婦である以上、原則として収入などの多い側が婚姻費用を支払う義務があります。
ただし、住宅ローンの残っている家にどちらが住んでいるか、どちらが住宅ローンを負担しているかによって、婚姻費用の算定に住宅ローンを考慮すべきかが変わってくるため、注意が必要です。
たとえば、婚姻費用を支払う義務のある夫が自宅を出て妻および子らと別居し、自宅を売却するまでの間、夫が自宅の住宅ローンを負担していた場合、義務者が住宅ローンを負担していることを考慮して、婚姻費用を算定すべきと判断されたケースがあります。
今回は、婚姻費用と住宅ローンの関係についてご説明しました。
婚姻費用はあくまでも婚姻期間中の生活費のことですが、別居期間などを経て離婚を検討するようになった方もいらっしゃるでしょう。
離婚を決意した場合には、離婚問題を取り扱うアディーレ法律事務所にご相談ください。
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